2015年6月25日木曜日

けん玉 お詫びそして訂正・・・

なーん!
(↑図書館で借りた本に書いてあった)
先に言ってくれーーー!!!
そういう大事なことはさ、こういうバカもいるんだから、どっかに書いといてほしい。
(というか、さすがけん玉協会、山形工房。あらためて尊敬した。)


けん玉をばらす。
    ↓
埋めた木を取り除く
    ↓
新しい木栓を作る
    ↓
もう一度穴を埋める
    ↓
元の位置に穴をあける
    ↓
紐と皿胴を元に戻して接着
    ↓
紐の長さ確認して完成。


はい!もうほんとに終わり!



2015年6月22日月曜日

けん玉、続き

ほんとはね、こんな内容を載せてるような状況じゃないんです、最近。
でもだからこそ、現実から離れた、くだらない話題を書きたくなるんですね。
バカバカしければなお良い。



すみません、そういう訳でけん玉の話題が続きます。

調べたところ、けん玉は購入してすぐそのまま使わず、
まず、バラしてから自分でひもの長さなどを調整するようです。
(昔の木工道具みたいですね。)

と、いうことで自分も始めようとしたら・・・
真ん中の穴の下の小さい穴が
糸を出す穴です。
わかります?

糸を出す穴が中心からわずかにずれているんですよ。

これじゃあ、いくら他の調子をとっても肝心なところがおかしいままです。

なので、同じブナ材で一度穴を埋め、もう一度開けなおすことにしました。
開けなおした後に上から見てみる。
上側にあるのが元から開いていた
左利き用の穴。こうしてみるとずれが
直っているのが分かりますね

埋めたところに新しく開けた穴























そして、もう一度胴に差して確認すると…

うん、中心を通っています。

美しい…!




いやー、思ったより手こずらせてくれます。

これでやっと、始められそうですね!
*何と後日大きな間違いに気づく。訂正のページをご覧ください。

2015年6月18日木曜日

大空(けん玉)

先日、けん玉の話題を書きましたが、

・・・買っちまいました。
まったく。
材料から生産まで、すべて国産。

こうなった経緯を書きたいけれど、長くなるのでとりあえずやめておきます。

手にしてみての感想だけひと言。

「うお~!」(興奮)

それでは、また。


2015年6月17日水曜日

ヤマモモ

先日来、日々熟れ具合を見計らっていた近所のヤマモモの実が
とうとう時を迎えたので、友人と共に拾いに行きました。

今年は味が濃く、甘みも十分でこの木は出来がよいようです。

自分自身はそれほど食べないのですが、たいていの拾い物は
ジャムにします。

今年で二年目、手順もだいぶ掴み、無理のない量をジャムにすることが出来ました。
(とは言え、結構大変なんですが。)

随分前の学生時代のこと。
ジャムや果実酒やらを作るのが好きな友人がいて、
その人が私に初めてヤマモモを教えてくれました。

でも、その時食べたヤマモモは、渋いわ、すっぱいわ、印象は散々で
それ以来、見つけても手は伸びず。

それが、昨年、引っ越した先で近所の人に「あのヤマモモはおいしいよ」
と教わって食べてみるとこれがうまい!

その友人は今は、冬は寒い寒い高地にすんでいます。

ヤマモモは太平洋側の暖地に生息する木なので
きっとヤマモモもしばらく見ていないんじゃないかな?

今年は、当時食べさせてくれた寒冷地の友人に
私が暖地の味として届けようか・・・と思いながら
鍋をかき混ぜていました。

ありがたいことに、どうやらうまくできたようです。

もしかして、これを見ている人の中で「自分のことかも?」と
思った人はお楽しみに。

そう思ったのに届かなかった人は、
「送れ!(怒)」
と一言ご連絡を。
完成品。
実物の方が色が濃いですね。
拾ったヤマモモ


いっぱいなってるの見えますか?


洗ったヤマモモに砂糖をまぶした所。
縁日の飴みたいに見えます。

2015年6月13日土曜日

「則光」って誰?

随分前から、すこーしずつ準備をしてきた「砥ぎ」仕事。

木工刃物を研ぎ、一応厨房で(洋食)庖丁を砥いでいた経験もあり、自宅でも普段砥いでいたので、何とか今の自分にできることを考えていて、たどり着いた考えでした。

料理する側からも、砥ぐ側からも見ることが出来、他の刃物との違いもある程度知っている。
「これなら、なんとかなるかも」、と準備を始めたものの、考えの甘さを痛感する日々。

お受けする包丁は、一本一本みな性格が違い、勉強させられてばかりです。

とは言え、切れ味に満足していただけたときは、嬉しく、ホッとしています。


今はまだ、基本的には一般的な両刃包丁のみで受けていますが、
色々、砥げるようになれば、と思っています。

というわけで、私の謎の箱(がらくた箱という人も)から、今まで集めてきた
謎の刃物を砥ぎの練習用にと、久しぶりにガサゴソ・・・。

む、これは。

刃渡り12センチです
錆びはありますが使えそうです。
日本刀。

残欠刀ともいうそうで、錆びたり使えなくなったものを短く切って鉈やなんかに作り直す人がいるみたいです。
もらった当時は気が付かなかった。「変な刃物だなー」ぐらいで。

こんなの持ってたんだなあ。
銃刀法では日本刀は刃が15センチ未満は引っかからないので、私はつかまりません。

よく見たら、「則光」と銘が見えます。
誰なんでしょうね。

知ってたら教えてください。

いつか砥いでみます。(こんなの練習にしても役に立ちませんもん。)

2015年6月12日金曜日

野点用のひしゃく

野点用の柄杓をつくりました。

ひょんなことから請け負ったものです。
と言っても、私に茶の嗜みがあるわけでなく、知識もありません。

「三日後に使う」という、締め切りだったので

図書館へ行く余裕もなく、インターネットとにらめっこ。

作り方はいくら探しても見つからないので、販売用の写真を見て
見よう見まねと、付け焼刃の知識でやりました。

竹筒の状態から、半日で仕上げて、

本人様の要望で
通常のものより容量の少ない
小ぶりのものを、という訳でこの通り小ぶりです。



お湯を汲む部分を合(ごう)と
言うんだそうで、そこを上から覗いたところ。
柄は差してあるだけです。
           

 なんとか間に合い、持って行くと、たまたま入れ物にぴたりと収まり、これには思わず「ナイス!」
と、二人で。



気に入ってもらえて、嬉しい限り。
これからも、どこかで、誰かを
もてなしてくださいね。
初めて知ったのですが、柄の差し込む部分を「月形」というのだそうで、
(そこが一番難しく、気を使うにもかかわらず)ずっと頭の中で

「月様、雨が…」
「春雨じゃ、濡れてゆこう・・・」

と、ぐるぐるしていました。

そんな、煩悩にまみれたひしゃくです。

けん玉ケンちゃん

先日とある会場で、浴衣を打っているお店の棚に、けん玉とコマがありました。

「浴衣屋さんなのにこんなの売ってるの?」と聞いたら、
「そうなんですぅ~。」と浴衣ギャルが答えてくれた。

「なつかしいなあ、やってみていいですか?」

「え、できるんですか!?」(誰も出来ないの?)・・・ふむ。ここは一丁・・・

右が初代で材質はサクラ
左は二代目カツラ
使い込んでますねー
コマのひもの巻き方を直してコマを回し、ついでに「手乗せ」、「投げ上げ」
まあそのあたりで失敗して・・・。

拍手喝采。

そして、けん玉。
何十年ぶりやら。でも出来るもんですね。自転車と一緒かな。

こんな年になって、褒めてもらえるなんて、やっといてよかったかな。

当時どうやっても勝てなかった、人呼んで、「けん玉ケンちゃん」。

成績優秀、人柄がよく、運動神経よし。そして…けん玉が上手かった。
だから、勝てなくても全然くやしくなかった。
そんなんだったから、上達しなかったのか?

日本けん玉愛好家連盟
競技用けん玉 中級
当時はかなり本気でやってました。
初代は中皿の縁が欠けて引退。
玉を当てた時の音はサクラの方が
カリッとして、すきだったな。
引出し開けたら、奥から出てきたもんだから、つい載せちゃった。

最近は、またけん玉が「KENDAMA」として、世界的にかっこよく流行ってるみたいだから
またやったら、結構うけるかも。

2015年6月11日木曜日

「へいか」の常連

明治43年生まれの著者が、
昭和34年に出した本
今、存命なのでしょうか

 時々、近所の図書館へ行きます。

大抵調べものがある時です。

そして私の関心事を棚で探しても見当たらず、
コンピューターで探します。

これよさそうだな…と思い、どこにあるか調べると

おおかた「閉架」(へいかと読む)と、出ます。

閉架とは在架の反対、つまり表の本棚に出ておらず、
奥の書庫にしまわれている状態のことです。
見たい本を、書きだして係の人にわざわざ取りに行ってもらわなければなりません。

かなり頻繁に閉架を利用しているので、あの図書館での閉架利用者の
一位じゃないでしょうか。

 
日に焼けて紙がモサモサ
初期のころの理髪鋏は
元刀匠が刀とおんなじ作り方で
刃を作って、柄が、赤漆だった!んだそうだ
さらには、本館(私の利用しているところは市内の分館なのです。)の
閉架本まで、取り寄せてもらうこともしばしば。

この、「閉架本」。
少し癖がありまして、手にとって中が見られないため、
自分の的を射た内容かどうかは、
題名や、出版社などから憶測して、最後はカンです。

かなり、当たりはずれがあります。

今回三冊のうち、一冊当たりがありました。中々上物。
砥ぎの勉強のために探した本でしたが、
次にいつ書庫を出るのだろう。

というより、できれば、私の方を書庫に入れて頂きたい。
自分でさがすから。











七三って「、開花頭」っていってたんだ・・・
センター分けは「中割り」。
為になる・・・のか?


そんでもってこれ。おまけ。こんな状態でも残っていたんだね、君。
ページをめくるだけで、破損しそうです。





2015年6月8日月曜日

H画伯の切手画②



先日に続き二作(三作?)目。

どうしても、ふみのひ切手を使いたいということで、
切手ありきのさくひん。

上の方にあるのは
「宇宙空間をただよう少年少女」
だそうです。

義姉、ひとこと。

「腕をあげましたね…」

でした。


2015年6月7日日曜日

お会いしたかった

今日は本当は違うことを載せようと思っていたのだけれど
書かずにいられないことが出来てしまった。

Tさんが亡くなった。

実際には2日だったそうなのだけれど
今日、新聞で訃報を知った。

正直、自分がこんなに
動揺するとは思わなかった。

彼は私の生まれ育った街を作った人で、
その街に自分自身も住み続けた人だった。

私はニュータウンという人工的な街で生まれ育ちました。

にもかかわらず、

私が育つ中で、こどもの私の好奇心や、
ただの住宅街から受ける刺激にとどまらないものを
少なからず手に入れられたのは

彼の思想の隅々が活かされた街づくりの、
その結果が関わっているように思っている。

彼のおかげで私の住所は、
きらきらネームのような名前になることなく、
もともとは「野生の藤が生い茂る山」だった、という
土地の記憶を持った名前になることができたし、

そこここに部分的に残る、開発前の山の林が
格好の遊び場になり、自然の本来の形を
知らずのうちに、学んでいたように思う。

Tさんの存在は大人になってからなんとなく知ってはいたけれど、
割と最近まで、それ程意識はしていなかった。

ここで生まれ育ち、
大人になって、一度全く違う土地に住み、
図らずもまたここに住むことになってから
感じたことがたくさんあって、
彼にとても会ってみたくなったのだ。

違う土地を知って(住んで)、
仕事や個人的にさまざまな土地も見て、
今思うことは、
人工的な街ながら
ここが、育った場所でよかったと思えている。

私はそのことを彼に会って伝えてみたいと
ずっと思っていた。

そんなことを思っていたら、なんとなく縁があり、
幾度か、訪ねる機会をつくれそうだったにもかかわらず、
結局かなわなかった。

実を言えば「会わせて欲しい」と知り合いに
お願いしようと思っていた矢先だった。

多分、今自分が受けている
無念さや、悔しさ、かなしみの混ざったような感情は

「伝えたい」と思っていたことがあるのに
その人が近くにいたのに、
それをしなかった、できなかった。

「会いたい」と思う人が
近くにいたのに
行動しなかった。

そんな思いなのかもしれない。

ご冥福を祈る、なんて言葉じゃなくて、

「ありがとうございました」

と伝えたいです。




2015年6月6日土曜日

夏のうぐいす

お渡しした物は、ご希望で
糸を青色で作りました。
おととい、やっとウグイス笛(初音)を
飛び立たせて、いや、旅立たせてやることが出来ました。

吹き方を直接お伝えするために、待ち合わせの近くの
住宅地内の公園で二人で吹いていました。

しばらくして、幼児を連れたお母さんがやって来ました。
そのうち、あたりをキョロキョロし始め、私も、「どうしたのかな?」と。

お母さんがこちらを見て、目が合った瞬間、
「あ~、笛だったんですね!」

そりゃあ、あれだけ啼きつづけてたら、変ですわ。

きっとあのご近所の方たちもあの日は
驚いたでしょうね~。

でもそれだけ、本物に聞こえたってことですよね?
よし。

それにしてもMさん。
「あいつら、音の高さとか変えてきやがるんだよな~。
 もっと練習せねば…」

練習して、ぜひ啼き負かしてやってくださいね!

2015年6月1日月曜日

H画伯「春にリンゴと梨と枇杷がなる木」


ある夜母が、
「果物をぶら下げるから絵を描いてほしい。」
と、やって来ました。

なんのことやら・・と思って聞いたところ、
義姉に送るカタログだか、書類だかを入れる封筒で
せっかくだから遊びたい、と言うことだそうで。

切手の果物がぶら下げられるような、ついでに、
絶対存在しない木を描いてあげました。

足りない分の料金は、木の根元にタンポポになりました。

一人でほくそえみながら楽しそうに切手を貼りこんでいます。

ふむ、
こういう所を見ると、血のつながりを感じます。

ちなみに前回送った時に、
レンゲの切手を封筒の下の方に一面ばらばらと貼り付けて、
その少し上に蝶の切手を貼って

「レンゲ畑を飛ぶ蝶々」

だったらしいのですが、受け取った義姉の反応は

「おかあさん・・どうかした?・・だいじょうぶ?・・」。

理解してもらえなかったことが、残念でならなかったらしく
そして、今回となったようです。

結果は、

(義姉)「星、ふたつ」

だそうです。